採択課題

糖鎖・レクチンパターン認識によるがんの精密細胞認識プラットフォームを基盤としたα線内用療法

研究開発代表者

田中 克典

理化学研究所

本研究では、細胞表面での「糖鎖・レクチンパターン認識」を基盤としたがんの精密細胞認識プラットフォームを確立し、α線内用療法技術と組み合わせて高効率的ながん治療戦略を開拓する。この2つのモダリティの融合により、現在、オンコパネルで遺伝子変異を診断されても治療手段がない患者様に対して新しい治療手段を提供することを目指す。

様々ながんを選択的にターゲティングし、副作用なく治療する技術はライフサイエンス分野において最も重要な課題である。現在の抗体薬や分子標的治療薬は、遺伝子により規定された特定のタンパク質を発現しているがん細胞のみをターゲットとした治療薬であり、発現していないがん細胞には効果がない。また、オンコパネルで診断されても遺伝子変異に対応した治療薬があるケースはわずか20%以下にすぎない。さらに様々な遺伝子変異によりがん細胞は多様性を持ち、それらをシステマティックに治療することは既存技術では難しい。そこで、様々な遺伝子変異に対応した細胞表面のパターンをスクリーニングし、共通の表面パターンを見つけ、パターンに基づいて治療することで、従来のように特定のタンパク質を発現するがん細胞をターゲットとするのではなく、患者の多種多様なタイプのがん細胞をターゲットとすることができる。

これまでに代表者らは、血清アルブミン上に複数種類の糖鎖から成る糖鎖クラスター構造(糖鎖アルブミンと呼ぶ)を構築することにより、個々の細胞の表面レクチンの構造多様性をパターンにより認識することに成功した(図1)。特にAMED先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業(令和元年〜令和5年度)では、POCとして、これまで未踏であった特定の遺伝子変異を持つがん細胞を高選択的に認識する糖鎖アルブミンを取得するとともに、デリバリーシステムとして薬剤を活性化することで、PDX(Patient Derived Xenograft)モデルでも副作用なくがん治療効果を発揮させることに成功した。一方で代表者らは、α線内用療法を実施する上で、高純度かつ十分量の211At(アスタチン)製造法を開拓するとともに、これを抗体や低分子リガンドに導入する化学技術を確立し、高効果的なα線内用療法を実現している。

図1:糖鎖クラスターと標的細胞表面の複数のレクチンによる「糖鎖・レクチンパターン認識」の概念図

図1:糖鎖クラスターと標的細胞表面の複数のレクチンによる「糖鎖・レクチンパターン認識」の概念図

これらの結果を基に、本課題では、細胞表面での「糖鎖・レクチンパターン認識」を基盤とした汎用的ながん細胞認識技術を開発する。特定の遺伝子変異を持つがんや、遺伝子には規定されないがん、あるいはがん関連細胞までをも精密に認識する糖鎖アルブミンを取得するプラットフォームを実現する。さらに、取得した糖鎖アルブミンに対して、ペイロードとして211Atや225Ac(アクチニウム)を搭載して、PDXモデルで治療効果を検証し、高効率的なテイラーメイドがん治療戦略を開拓することを目的とする。

すなわち、まずは先に取得した特定の遺伝子変異がんに高選択的な糖鎖アルブミンを用いて臨床ステージアップを目指すとともに、これと並行して新たにドライバー遺伝子や薬剤感受性が解析済みの患者由来のがん細胞(PDC)に対する糖鎖アルブミンライブラリーの親和性をHTSで探索する。それぞれの細胞の遺伝子情報と親和性フィンガープリントを相関付けることで、様々な遺伝子変異に対応した細胞表面の共通の「糖鎖・レクチンパターン認識」を見つけ、遺伝子情報から標的のがんを認識する糖鎖アルブミンを迅速に取得するがん認識技術を開発する。

さらに、「糖鎖・レクチンパターン認識」の親和性フィンガープリントを活用して、ドライバー遺伝子が分かっていても分子標的薬がないがんや薬剤耐性を得たがん、さらには遺伝子に規定されておらず環境要因から生じるがん細胞に対しても選択的に作用する糖鎖アルブミンを取得する。このように、従来から行われているがん細胞の遺伝子情報に加え、個々の細胞表面に固有の「糖鎖・レクチン認識パターン」という新たな情報を本課題で初めて活用することにより、画期的な精密がん認識プラットフォームを開発する。

次いで、上記で見出す特定のがん細胞と選択的に相互作用する糖鎖アルブミンに対して、211Atや225Ac-DOTA(金属性原子の配位子)で標識する。PDXモデルでがんへの集積を確認するとともに、がん細胞に依らないα線の強力な殺傷効果を利用して、革新的治療戦略を実現する。さらに、本課題で得られる特定のがんへの親和性を示す糖鎖アルブミンについて、企業と共同して構造の均一性を確保するとともに、安全性と免疫原性を評価し、導出と臨床ステージアップを目指す。

図2:本課題に参画する理化学研究所・開拓研究本部、ならびに東京科学大学物・質理工学院応用化学系・田中克典研究室の研究者と学生

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